少しして奥さまと一緒に、トレイを持った歯科衛生士さんが来られました。
奥さまは、衛生士さんに指示して、去って行かれました。
衛生士さんが、私の方を向かれたので、私から挨拶しました。
「こんにちは。」
「こんにちは。」
挨拶してから、外はすっかり暗くなっていましたので、こんばんは。だと思いました。
「しみ止めをつけるのですね? どの歯でしょうか? 鏡を見ながらつけて欲しいところを教えてください。」
衛生士さんから、白い手鏡を渡されました。
私は、鏡を見ながら、削られた上の前歯6本を指しました。
「ここから、ここまでの歯の裏側です。」
「わかりました。」
手鏡をお返しすると、衛生士さんが声をかけられました。
「椅子を倒します。」
「はい。」
衛生士さんが、ライトをつけました。
明かりが目に入って、まぶしいです。
目を開けていられないので、自分でライトを調整しました。
「これから、脱脂綿を詰めます。」
「はい。」
「失礼します。」
衛生士さんは、私の口と歯茎の間に脱脂綿を入れてくれました。
上の前歯だけですので、そこまでしなくてもよいのではないかと思うくらい、とても念入りに詰めてくださいました。
「これから、しみ止めをつけます。」
「はい。」
衛生士さんが前歯に、しみ止めをつけてくださいました。
少し経ってから、水の出る機械で、脱脂綿を濡らして、取り除いてくださいました。
「椅子を起こします。」
「はい。」
「お口をゆすいでください。」
「はい。」
口をゆすぐと、衛生士さんがエプロンを外してくださいました。
「待合室で、お待ちください。」
「はい。ありがとうございました。」
衛生士さんは、すぐに私から離れました。
私の足は、まだ感覚が戻っていませんでした。
立てるかどうかわかりませんでしたが、ゆっくりと椅子から降りました。
尻餅をつきました。
足に、力が入らなかったのです。
しばらく、そのままにして、ゆっくりと立ちあがりました。
診察台の椅子に、手をかけて、診察室内を見渡しました。
院長先生と奥さんに、お礼を伝えようと思ったのです。
診察室には、明かりがこうこうとついているだけで、私しかいません。
荷物を置いてあるカゴまで、様子を見ながら歩きました。
何とか歩けましたので、荷物を持って、待合室へ行きました。
ダウンコートを着て、受付横の椅子に座って待っていると、衛生士さんが来られました。
衛生士さんは、口を真一文字に結び、両手で診察券を差し出しました。
「ありがとうございます。」
「・・・・・・。」
私が、お礼を言いながら受け取ると、いつもならば、笑顔で見送ってくださいますが、踵を返して、去って行かれました。
私は、衛生士さんの後姿を見送りました。
時計を見ると、午後8時半前でした。