1時間以上、経過したのではないかと思います。
大分前から診察室に、患者さんはいません。
奥さまが戻って来られて、目の前に用紙を見せられました。
『治療は中止します。院長の見解です。』
「拒否ですか?」
『中止です! 拒否なんて嫌な言葉は、使わない方がよいですよ。』
「治療拒否でないのですか? 拒否ならば帰りますが、そうでないのなら、治療をお願いします。」
『治療によっては、もっと削らなくてはならなくなります。うちでは、思うような治療はできませんので、他の歯科へ行ってください。』
「他の歯科へ行っても、同じではないでしょうか?」
『わかりませんよ。他にも歯医者はたくさんありますので、意に沿った治療をしてくれるかもしれません。』
そして、こう書かれました。
『歯を元に戻して。ということでしょう?』
そうだよ! 私の歯を元に戻して!
出来ないことを言うのは、やめて欲しいという感じで、バカにしたような視線の奥さまに、そう言いたかったですが、言えませんでした。
代わりに出たのは、謝罪の言葉です。
「いつもまでも居座って、治療の邪魔をしているのは、申し訳ないと思っています。お手紙をお渡ししたのは、説明は、治療前にお願いしたかっただけです。苦情を言いたい訳ではありません。」
『苦情です!』
「苦情ですか……。そう取られてしまったのでしたら、申し訳ありません。」
私が頭を下げると、奥さまは、また去って行かれました。
そして、しばらく放っておかれます。
奥さまが来られ、いい加減にして欲しいという感じで、ボードごと渡されましたので、書かれている文字を読みました。
『今回は、治療を中止させていただきます。他の歯科へ行かれてはどうでしょう?』
「治療を中止されることは理解しました。しみ止めだけでも、つけていただけないでしょうか? ずっと、歯がしみるのを我慢していましたが、これ以上、我慢できません。」
『しみ止めにも、研磨剤が含まれていますから。研磨剤、お嫌いなのですよね?』
「歯磨き粉は、あまり使わないようにしていますが……。もう本当にしみて、削られた歯に舌で触れることもできませんので、食事も水分も上手く取れないのです。他の歯科へかかるまで、我慢できません。お願いですから、しみ止めをつけてください。私につけることができないのでしたら、処方してください。自分でつけます。お願いします!」
私は頭を下げながら、顔の前で手を合わせて、お願いしました。
『鎮痛剤などのお薬と違いますので、しみ止めの処方はできないのです。』
「ドラックストアでは、売っていませんよね?」
『歯科で使用するものですので、売っておりません。』
「販売されているしみ止めは、シュミテクトとかの歯磨き粉ですか? 使っていますが、あまり効果は感じられません。」
『歯科で使うのとは違いますので、効き目が弱いです。1ヵ月くらい続けて使って効果がある? という感じです。使い続けてみてはいかかでしょう? よくなるかもしれませんよ。』
「3週間くらい使っていますが、効果は感じられません。本当に、しみてしみて大変なのです。お願いします! しみ止めをつけてください! お願いします!」
私が頭を下げると、奥さまは去って行かれました。