「気になる歯は、どの様な感じですか?」
「歯があるのがわかる程度です。」
神経があれば、歯があるのがわかりますし、神経がなくても、何故か痛く感じることもあります。
「噛んでください。」
院長先生が私の口に、ピンセットでつまんだ赤い紙を差し出しました。
言われたとおりに、赤い紙を噛みました。
「離して。」
「はい、噛んで。――離して。」
「噛んで。――離して。」
「強く噛んでください。――離して。噛んで。カチカチと。――離して。」
「思い切り噛んで。――離して。もっと噛んでください。カチカチ。――離して。」
「カチカチ。カチカチ。強く噛んで。カチカチ。カチカチ。続けて。――離して。」
院長先生は、噛むように指示されときは、私の目の前で、指先をつけてくれます。
離すときは、指先を離してくださいました。
強く噛むときは、力を入れた感じにして、繰り返し噛むように、指先を何度もつけたり離したりしました。
「噛んで。横に動かして。思い切り噛んで。――離して。横に動かして。――離して。横に動かして。思い切り噛んで、横に動かして。グリグリと。――離して。」
院長先生は、私の目の前で、指先をつけて、親指を左右に動かしています。
指示されたとおり、思い切り噛んで、下あごを左右に動かしました。
「噛んで。こうして。そうそう。続けて。――離して。もう一回。」
今度は、親指と他の指を擦るようなしぐさをしました。
下アゴを前に出す感じにして、上の歯と下の歯を擦るようにしました。
「はい。離して。」
赤い紙を除けられました。
やっと、噛まなくてもよくなって、ホッとしました。
普段、こんなことはしませんので、ちょっと大変です。
マウスピースを作成するためなので、とても丁寧に診てくださっているのだと思いました。
診察の椅子は、ずっと倒されていましたので、私は寝たような姿勢のまま、深く息を吐きました。
院長先生が、奥さんに指示されたようですが、奥さんが何か言っています。
それに、院長先生が答えていますが、奥さんが、また何か言っています。
二人とも、マスクをしていますので、聴覚障害のある私にはわかりません。
二人の話が長いので、声をかけようかどうしようか迷っていると、奥さんが仕方なさそうにうなずきました。
一体、何の話をしているのでしょうか?
院長先生が、指先を合わせた手を開きました。
口を開けての合図です。
私は、口を開けました。
口の中に、器具が入れられました。
何? えっ!
右上、真ん中から3番目までの3本の歯を削られてしまいました。