営業へ伺うと、20代の歯科衛生士さんが、私に気がつき、受付から声をかけてくださいました。
「こんにちは。」
「こんにちは。」
私は受付へ行き、衛生士さんにカタログを渡しました。
「ちょっと待っていてください。」
衛生士さんは、カタログを持って奥へ行かれました。
衛生士さんが、戻って来られて言いました。
「今日は、よかったです。」
「ありがとうございました。」
注文がないかどうかを聞いてくださったのでしょう。
注文があるときは、衛生士さんと入れ替わり、奥さんが来てくださいます。
ある日、いつものように営業へ伺うと、私に断って、衛生士さんが奥へ行かれました。
私は、何か注文があるかもしれないと思い、待っていました。
しばらくして、院長先生が来られました。
私は、びっくりしました。
院長先生は、私が持って行ったカタログを持って、パラパラとめくり始めました。
「こんにちは。」
「こんにちは。ーはーー。」
「患者さんがいらっしゃるのに、いいのですか!」
「たまには、いい。」
待合室には、誰もいませんでしたが、玄関に靴がありますので、患者さんが診察室におられます。
「いつも営業をさせていただいております」
「ーはーーか。」
「なんでしょうか?」
私は聴覚障害者です。
補聴器を使っておりますが、音がわかる程度で、言葉としては認識できません。
会話は、相手の口元を見て判断しております。
院長先生は、マスクを外してくださっていますが、読み取ることができません。
困った感じの院長先生に、申し訳なく思い、あてずっぽうで、伺ってみました。
「カタログですか?」
「ーー。」
「違うのですね。なんでしょう?」
なんだろう? 何か聞かれたけれど、一体なに?
私は、考えました。
あっ! もしかして!
「歯ですか?」
「そう。歯は、ーー、ーーですか?」
「歯は、その後、どうですか?」
笑顔の院長先生が、軽くうなずきました。
「おかげさまで、大丈夫です。ありがとうございます。」
私がやっと理解して、院長先生も嬉しそうですが、私もホッとして、笑顔になりました。
一つ問題が解決すると、気になるのが、診察室です。
「患者さんが、お待ちになっているのではありませんか?」
「ああ。」
「何か注文がございましたら、承ります。」
「いや、今日は・・・・・・。じゃあ、また。何かありましたら、来てください。」
「はい。ありがとうございました。」
診察室へ戻る院長先生をお見送りした私は、歯科医院から出ました。
診察室に患者さんがおられるのに、わざわざ受付へ来られるなんて、よっぽど私に会いたかったのね。
モテるのも、困るわー。
私は、家へ向かいながら、そう思いました。